近年の脳外科では、もやもや病や内頸動脈狭窄症に対する血行再建術(内頚動脈内膜剥離術や内頚動脈ステント留置術、バイパス術)が頻繁に行われています。
そして、これらの術後急性期に生じる合併症てして過灌流症候群(HPS)が注目されていますね!
今回は、そんな過灌流症候群の病態や血行再建術後のリスク管理について具体的にお話します。
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過灌流症候群とは
過灌流症候群は、内頚動脈狭窄症に対する頸動脈内膜剥離術(carotid endarterectomy:以下CEA)や頸動脈ステント留置術(carotid artery stenting:CAS)、もやもや病に対する浅頭動脈-中大脳動脈バイパス術(STA-MCA bypass)などの血行再建術後にみられることが多い合併症です。
これは、術前に血液が届きにくかったところに術後急激に血液が流入することにより、脳組織の需要をはるかに超えた脳血流が供給されて神経学的脱落症状を引き起こす病態のことです。
症状
過灌流症候群では以下の症状を認めることが多いです。
詳細は後述しますが、血行再建術後の患者さんを担当される方は確実に頭に入れておきましょう。
過灌流症候群の症状
・脳浮腫
・脳虚血
・脳出血
・痙攣
・意識レベル低下
・不穏・興奮状態
・拍動性の頭痛
・顔面・眼窩周囲痛
・局所神経脱落症状(高次脳機能障害、麻痺など)
※どれも重要ですが特に気をつけたいのが脳出血!頻度は少ないものの、脳出血を発症してしまうと生命予後も生活予後も顕著に悪化します。本邦行われたCEA/CASの過灌流症候群症候群の調査では、過灌流症候群は1.4%に認め、脳出血に至ったものは0.6%、脳内出血をきたすと死亡率は30%、救命できたとしてもその80%は後遺症がを認めたという報告があります。
発症メカニズム
過灌流症候群は以下のような発生メカニズムが考えられています。
脳血管自動調節能の機能不全
頸動脈狭窄の影響により同側大脳半球の灌流が低下すると、脳血管の自動調節能により脳血管が拡張して血流を保てるように対応します。
したがって、脳血管はこの代償のために血管が拡張したままの状態が長期に継続することとになってしまい、脳血管自動調節能が障害されます(内膜肥厚とともに中膜菲薄化が起こり、これが脳表の細動脈にも及んでいる)。
この状態で血行再建術を行うと、拡張している血管に突然に血流が流れ込むような変化が起きるため、この急激な変化に脳血管が対応できず、拡張したままで灌流圧が増加するので過灌流状態となります。
つまり、過灌流症候群は脳血管自動調節能の機能不全が原因の根底に存在すると考えられています(CEAにおいては脳血管自動調節能の異常に加えて術中頸動脈遮断による脳虚血が過灌流症候群の発生に関与すると考えられており、CASにおいては末梢塞栓や抗血栓療法が関与するとされています)。
血管ネットワークの貧困による血流配分不全
解剖学的に血管のネットワークが貧困であるため、血行再建術直後には血流分配不全に陥るとも推察されています。
実際、赤外線画像装置による術中モニタリングでは再灌流直後に血流分配が不良で吻合部周囲にhyperemiaを生じた症例では有意に術後過灌流症候群を呈することが多いことが知られています。
炎症性タンパクの過剰発現
血管新生因子や細胞外マトリックス蛋白などの炎症性タンパク過剰発現が血行再建術後の血管源性浮腫や出血に寄与している。
発症頻度
CEAやCAS後の発症頻度は0.2-18.9%、もやもや病の発症頻度は16.7%-38.2%と報告されています。
このようなばらつきは各報告の過灌流症候群の定義の差異によって生じているものと考えれますが、重要なのは術後の症候性過灌流は非もやもや病症例よりも、もやもや病症例において有意に高頻度であることです。
もやもや病の症例では術後の過灌流症状を見落とさないように十分注意しておきましょう。
発症時期
過灌流症候群の発症時期は術後半日~6日(平均3日程度)です。
ただし、もう少し細かくみると、CEAは術後6日目に発症のピークを認めたのに対し、CASでは術後12時間以内に発症のピークを認めたとも報告されており、術式によって特徴が異なるようです。
危険因子と評価
高齢、長期にわたる高血圧の既往、高度狭窄病変、側副血行路が不十分、抗血小板薬・抗凝固薬を使用、術前の脳血流検査による脳血流不全など。
PETやSPECT、TCCS(経頭蓋カラードプラ)などでの脳循環動態の評価でリスクが評価できます。
予防方法
今回は過灌流症候群についての記事ですが、血行再建術後の周術期の管理の基本は虚血性合併症の予防と過灌流症候群の予防です。過灌流症候群に着目しがちになりますが、まずはベースとして虚血の管理に気をつけましょう。
虚血性合併症と過灌流症候群の予防を合わせて考えると、血圧維持、二酸化炭素正常状態、血液量保持、貧血の回避に加えて、積極的な周術期の抗血小板薬使用により良好な結果が期待できますので、読者の方の施設でもそのような管理が行われれるのではないでしょうか。
収縮期血圧は一般的に130 mmHg 以下の予防的降圧管理を行うことにより、血行再建術後の症候性過灌流のリスク軽減が可能とされています。
また、過灌流症候群の症状を認めた場合に関しても、降圧を行うことによって症状が数日以内に改善することが多いです。
過度の降圧(血圧低下)は要注意です!降圧による反対側や同側遠隔部の虚血性合併症のリスクも考慮する必要があります。再度繰り返しになりますが、血行再建術後の急性期は潜在的合併症として過灌流が注目されていますが、虚血性合併症の回避が最重要課題であることは常に意識しておきましょう。
リハ・看護の注意点
ここまでお読みになれば注意点は簡単ですね。
血行再建術後の管理の基本である
「虚血症状が出ていないか」
「上記の過灌流症候群が出ていないか」
に十分注意しながら病棟生活を援助してあげたり、リハプログラムを進めていけば良いです。
この際のVital管理で特に注意が必要なものは?
・・・そうですね
「血圧」
です。
血圧を130mmHg以上に上昇しないかどうかをきちんと管理しつつ、逆に頭を起こした際に過度に低下しないかを確認しましょう。
血圧低下時の離床中止基準は基本的に以前にお話しした脳卒中と同じような管理で大丈夫かと思いますが、たった少しの血圧変動でも症状を呈する場合もあるので、常に自覚症状に注意してフィジカルアセスメントを行いましょう。
一般的な基準だけに当てはめてやっても患者さん個々の安全域を超えてしまう場合でも、このような症状が出るか出ないかをきっちり見ていれば安全に離床ができます。
また、ここで「血圧だけじゃダメでしょ」と思った優秀な方も多いかと思います。
その通りです!
今回は本題から大きく逸れてしまうのであまり深くご説明しませんが・・
血圧=心拍出量×末梢血管抵抗
ですので、心拍出量に関与する心拍数、一回拍出量や、末梢血管抵抗を変化させるような条件が変化すれば血圧が容易に変化します。
よって、血圧に影響するこれらの因子に影響するものが変化してるかどうか(例えばお薬の投与量やIn-Out balanceが変化していないかなど)をきちんと見ておくことで、
「この患者さんは起こした時にどういう反応が起きて血圧が低下するだろう・・・上昇するだろう・・・。もしくはそういったリスクは高いか低いか・・・」
などといったことも、ある程度は離床する前から予測可能です。
僕はこれまでの職場で、リハスタッフ、看護師を含めて朝に情報収集をしていないスタッフを何人も見てきましたが、このように情報をちゃんと入手しておくことはこのようなプロとしての仕事ができる重要な判断材料となります。
時間外もつかないのに朝早くから職場に行ってダラダラとカルテを眺めるのもどうかと思いますが、仕事中にきちんとこのような情報は入手したいものですね!
本日は以上で終わりです。
最後までお読みいただきありがとうございました!
参考資料
1)藤村幹:もやもや病に対する血行再建術の合併症とその発生メカニズム. 脳神経外科速報.2014;24(5):538-545.
2)藤村幹,冨永悌二:もやもや病術後の過灌流:診断と治療.脳循環代謝.2012;23:114-119.
3)小笠原邦昭:脳主幹動脈閉塞性病変慢性期に対するバイパス術後過灌流症候群
4)上野泰:外科的治療 頭蓋外ー頭蓋内バイパス術.BREAIN NURSING.2012;28(4):388–389.
5)池田啓子,石井直子,他:過灌流症候群.BREAIN NURSING.2012;28(3):13–15.
6)髙木俊範,吉村紳一:CEA,CASと過灌流症候群(hyper perfusion syndrome).分子脳血管病.2013;12(1):67–71.
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